学者支配としての占領改革

   敗戦後のGHQの支配は、頭の杜撰な軍人の支配で、教育程度の低い単細胞人間たちに、卑屈な日本人たちがいいように引き回されたというイメージをもっている人々が少なくない。

   松本清張氏の『日本の黒い霧』などを読むと、占領軍の実態は、石井部隊をかくまったり、国鉄総裁を暗殺したり、列車を転覆させて日本左翼にその罪を着せたりする陰謀集団であるかのような印象を受ける。押し付け憲法論を説く右翼も、占領政策の反共主義を攻撃する左翼も、GHQをいかがわしげなイメージで描き出すことに、政治的利益を見出しているように見える。

   このようなイメージが全面的に誤りであるとは、もちろん言えないが、占領初期の改革の推進者であった民政局が、軍人や実務家とは人間類型を異にする知識人の集団であったことは、余り知られていない。そこで、アルフレッド・オプラーやジャスティン・ウィリアムズなどの回想を基礎として、民政局の面々の経歴を略述して見たい。

   フィットニー局長ももとはフィリピンの弁護士。他のスタッフも大体当時軍服を着ていたとしても、もとは民間人で、多くは占領終了後またもとの職業に戻った。日本国憲法起草の中心になったケーディス、ハッシー、ローウェルや、法規課のリッゾ、ヘイズなどは弁護士であった。

   法制改革の中心人物オプラーは亡命ユダヤ人で、ワイマール期ドイツの裁判官であった。彼の下には戦前日本法を学んだブレークモアやウィーン大学法学部卒・弁護士(現スタンフォード大学教授)のクルト・スタイナーがいた。占領軍は日本法に無知で、法系の全く異なるアメリカ法を押し付けたと思っているとすれば、それは大間違いで、占領軍はまず日本法の母法に当るドイツ法の専門家オプラーをアメリカから呼び、その下に日本法の専門家ブレークモアを配するという配慮をしていたのである。

   憲法起草に参加したミルトン・エスマンは、後にコーネル大学の政治学教授となった。ピークはコロンビア大学助教授、雑誌Far Eastern Quarterly編集者などの前歴をもち、後に国務省極東部の高官となった。ガイ・スウォープはかつて民主党の下院議員だったこともあり、またプリンストンの講壇に立ったこともある。

   ダートマス・カレッジ教授マスランドは、帰国後旧職に復した。議会制度を担当したウィリアムズは、帰国後ウィスコンシン州立大学の歴史学・政治学の教授となった。政党問題を担当したピーター・リーストは、帰国後オレゴン州リード大学やトレド大学の社会学・人類学の教授となった。ホージーは新聞編集者・ノルウェー大使館附などの経歴の持ち主である。地方行政課長のティルトンも、ハワイ大学、コネティカット大学などで教鞭をとったことがある。

   財閥解体に当ったエリノア・ハドリー女史は現在なお健在で、ジョージタウン大学経済学教授である。彼女を助けた局長顧問のビッソンは、多数の著書で知られる中国経済・日本経済の専門家で、太平洋問題研究所の中心人物の一人であり、後にマッカーシズムの攻撃対象となった。バークリーのカリフォルニア大学などで教鞭をとったこともある。

   農地改革の中心人物ラデジンスキーは、ロシア(ウクライナ)からの亡命者、農業問題についての多くの論文で知られる農務省の官僚で、後に世界銀行などに勤め、アジア諸国の政治顧問となって、各国の農地改革の指導に当った。死後世界銀行出版部から論文集が刊行され、邦訳もある。グラジュダンゼフも著名な農業経済学者で、Pacific Affairsなどに戦前より日本農業について多くの論文を発表している。

   日系二世のジョン・M・マキは孤児として米人に育てられ、戦時中より日本軍国主義非難の著書論文を発表していたが、日本専門家として民政局に参加し、占領後ワシントン大学・マサチューセッツ大学の教授となり、戦後日本政治について、広く引用される著書を公刊している。

   このようなスケッチからも分かるように、民政局は軍人の集団であるよりも、学者や知識人の集団だったのである。歴史上こんなに学者的な人々ばかりが集まって、大きな改革を実行した事例が他に存在するかどうか知らないが、日本史の中では少なくともそれに類することは一度もなかった。そこには(日本の学者に比べれば、アメリカの学者は遥かに実際的・実践的であるが、なお)戦後改革を貫く観念的性格があり、次元の低いことに拘泥しない原理主義的性格がある。

   彼らは皆文筆家であるから、多くの人々が回想録や日本論を書いていて、占領改革の基本思想を知る手懸りとなる。私はそのような文献を渉猟しながら、旧敵国の民主化に情熱を注いだアメリカ知識人の人の良さや実行力に感銘を受けるとともに、政治的動機を背景とした下司の勘ぐりのような占領論が横行していることを遺憾に思うのである。(1987年)

 

 

Bisson,Thomas Arthur (1900-1979)

Blakemore, Thomas  L. (1915-1994)

Esman, Milton Jacob (1918-)

Grajdanzev, Andrew Jonah (1899-)

Hadley, Eleanor M. (1916-2007)

Hauge, Osborne I.

Hays, Frank E.

Hussey, Alfred Rodman (1902-1964)

Kades, Charles (1906-1996)

Ladejinsky, Wolf (1899-1975)

Maki, John McGilvrey (1909-2006)

Masland, John W. (1912-1968)

Oppler, Alfred Christian (1893-1982)

Peake, Cyrus Henderson (1900-)

Rizzo, Frank

Roest, Peter K.

Rowell, Milo E. (1903-1977)

Steiner, Kurt (1912-2003)

Swope, Guy J. (1892-1969)

Tilton, Cecil Gage

Whitney, Courtney (1897-1969)

Williams, Justin (1906-2002)

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